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中東観察

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2009/06/18
09:57
有利子金融との接点

現代の世界金融市場の主役の一つとなっているヘッジファンドや、先物取引のような金融システムは、イスラムにおいては基本的に認められない。イスラム銀行の立場としては、実体経済と遊離したデリバティヴ(金融派生商品)は「言語道断」であり、同時に先物取引もクルアーン(胎内にいる子の価値を見越して母ラクダの売買をしてはならないという規定)により禁止されている。

小国の経済を食い荒らす「マネー」の動きを危険視するのはイスラムに独特のものではなく、非イスラム圏の研究者の中にも存在する。また、現代において無利子金融を行おうという発想もイスラムに独特のものではない。そもそもが古来より禁止ないし制限が加えられていたわけであるが、それの復活というわけではなく、現代の時代状況下においての脱資本主義的な研究・検討、そして地域通貨運動などに見られる実践がなされている。

また、西洋経済の中心たるアメリカ合衆国の最先端技術の集積地であるシリコンバレーの成長を支える原動力は、イスラム金融に似ている(ベンチャー企業記事参照)。というのも、投資家は企業家に出資するとき、「融資」ではなく「株式の購入」という形態を取るため、起業家には「元本保証」や「利潤確保」の義務が生じない。また、投資家が資本分散によって危険を避ける点、担保ではなく人物と経験を評価することによって投資するかどうかを決める点なども、ムダーラバ契約を思い起こさせる。

主な相違点としては、融資ではなく株式購入であること、投資家は株主であるため会社の運営に対して口出しできることなどが挙げられる。また、詳しい資料はないが、ムダーラバの長距離キャラバン交易の成功率は、少なくとも現代ネットベンチャーの「約20%」という数字よりは大きかったであろうと思われる。このエンジェル←→ベンチャーの関係は、まさにムダーリブ←→ダーリブの関係を思わせ、しかも銀行の扱う二重ムダーラバよりも遥かに、預言者ムハンマドがおこなっていたような「ムダーラバの基本形」に近い、似ている、とすら言えるかもしれない。世界経済をリードする集団と言えるアメリカ、シリコンバレーのベンチャー企業群は、実は「有利子経済」ではなく「無利子経済」の恩恵によって爆発的成長を遂げたものと言うことができるだろう。

かつてアル=バラカ・グループは西洋型金融の中心地であるロンドンの金融街にも進出していたが、ここからは撤退している。ただし逆に西洋系の銀行の中にも、イスラム圏においてはムスリム向けの無利子金融商品(上述のイスラム金融の基本に則ったもの)を提供したり、イスラム銀行を子会社に持つ試みがなされはじめている。また一方、イスラム金融機関の中でも国・地域によってシャリーアの解釈に偏差が見られる。

こういった点からも分かるとおり、イスラム無利子金融と、有利子金融とは、根本的に対立するものではない。また、上述のとおり、名目や立脚点が異なっていようとも、その内実において非常な類似が認められる。この両者の間に根本的な差異が存在するという前提は、成り立ち得ず、これらの要素は「イスラム的(と仮に呼ぶ)」と「西洋的(と仮に呼ぶ)」、二つの極の間でスペクトルを成している、と考えることもできるだろう。


勃興の背景 [編集]
利子禁止あるいは制限規定は人類の歴史の中でなにも特異なものではなく、通時的・通文化的に見られるものであり、そして現代日本において自明のものとされる(アメリカ主導の)規制のゆるやかな「自由競争体制」こそが、むしろ特異な状態と言えるのかもしれない。いっぽう現代イスラム圏の人々は何故無利子経済体制を選んだ(選びつつある)のか。ヨーロッパも、中世には旧約聖書から導かれる利子禁止(制限)規定が、表向きなりとは言え社会を覆っていた点においては同様である。それがなぜ、ヨーロッパでは利子つき金融が、それも複利計算のもとに認可されてその後の経済発展の基盤を築いているのに対し、イスラムの諸国では近現代に入って逆に、それまで見過ごされて来た利子つき金銭貸借が、シャリーア(イスラム法)の厳密な適用によって排除されようとしているのかについての検討が必要である。

クルアーンにおいて禁じられている「リバー」という単語を、「利子」一般ではなく、特に「高利」のみを指す言葉であると解釈すれば、ヨーロッパ型の金融システムを、躊躇なく導入することが可能となるにも関わらず、その方法を採用しない理由については、研究者によっても見解が分かれる。仮に「リバー」が「利子」すべてを指すとしても、それまで通りヒヤルを用いて実質的な有利子金融を実行すれば良いとも言える。ただこれは、単純な金銭貸借契約においてすら、二つの随伴する契約を結ぶことになり、さらに権利関係が複雑になるような金融商品や、保険契約、先物取引などには対応仕切れないという欠点を抱えていることもある。そもそもこうしたイスラム銀行が、中世においては登場せず、現代に入って登場・発展してきた理由を探ることが、その本質を知る手がかりとなる。

「ムスリムだから」
もっとも一般的な、あるいは門外漢にも分かりやすい説明としては、「ムスリムであるから、クルアーンにしたがって利子は受け取らない。だから、無利子銀行に預金するのだ」という説明が為される。ただし、例えばムスリムであっても、大っぴらに飲酒することが抵抗なく行われる土地、社会もあるので注意が必要であろう。
既に述べたように、最初期無利子銀行の失敗例もあるから、ムスリムであるから当然のように彼らは無利子銀行に預金するのだろう、という論理のみでは無利子銀行の成長・拡大を語るには無理があろう。また、それに、かつてヒヤルが認められていたことの説明がつかない。
無論、「ムスリムだから、無利子」というこの要素は少なくとも建前としては根本的なものであり、無利子銀行の誕生以前は金融技術の未発達によってリバーのない銀行が成立しえず、ムスリムたちは仕方なく預金を自分のところにしまい込むか、あるいは有利子の銀行に預けていた、とも言い得るのだが、基本的にはこの理由のみをことさら重視することはできない。
「植民地化とオスマン帝国の解体」
世界史を俯瞰する視点からは、次のような解釈が導かれる。19世紀からイスラム世界の各地で進められてきたヨーロッパ列強による植民地化は、20世紀においてオスマン帝国の敗北と解体、それによる旧オスマン領アラブ諸国の植民地化によって頂点に達した。このインパクトが世界のムスリムに大きな影響を与え、それまでとは違う形の「イスラム世界」の認識が形成され、強大なヨーロッパと改めて直面しなおすことで、ムスリムとしての自覚が再認識された。
また、1924年のオスマン朝のカリフ制の廃絶は、植民地化の中でもカリフの権威にすがってイスラム世界の一体を意識しようとしていたインド亜大陸や東南アジアのムスリムにも、「正当な」ウンマ(イスラム共同体)の消失を明確な形でムスリムに突きつけることになったが、これによってむしろムスリムたちは「イスラムの世界」と自己の立脚点の再認識をおこなうこととなり、それがムスリムに、一つ一つの教義を再確認し、遵守する方向性を持ったと考えられる。
「アラブの『動かす』文化」
また、片倉もとこ『「移動文化」考』のように、文化間の差異に着目しこれを理由の一つとして挙げる著作もある。
日本にも「流るる水は腐らず」という諺があるが、中東では古来より、「留まる水は濁る」とでもいうべき、“動かずにあるものは不浄”という思想がある。遊牧民は水や牧草の都合によってキャンプ地を定期的に移動するが、アラブ遊牧民の場合は、そういった条件が変わらずとも一定の期間が過ぎると移動することがあるという。たとえそれによって水場から遠くなるとしても、である。
同様に経済についても、動かさない金銭は不浄であるため、富豪は金銭を蓄え込まず、貧しい人に差し出すことによって社会に還流させようとする思想がアラブ社会に存在する。
しかし、ここでの問題はアラブのみに留まらず、東南アジア、そして世界全体のイスラム銀行に及ぶため、アラブの文化のみで語ることはできない。ただ、現代につながる無利子金融が成立し発展してきたのはまさにアラブの地であり、《移動文化》の担い手らによって無利子銀行が先導されてきたことは事実である。
「宗教的背景」
上掲の説に似るが、ムスリムであるがゆえに教条を遵守するというのではなく、現状イスラム諸国で喜捨や断食が真面目に行われ、輸送手段の発達にも助けられて巡礼者が爆発的に増大しているように、3の説よりも広範かつ漠然とした要素と言える。
慣習による互助的システムを、機能が似ているからといって発端の異なる無利子金融と短絡的に結び付けることには疑問が残る。
どれかの説が決定的なものというわけではない。ただ、「動かす」ことを文化的背景とするアラブ世界で、ムハンマドのもたらしたイスラムによって、従前よりも強化・明文化された互助システムが慣習として広がって定着し、近代のイスラムの「危機」に対してかえって「ムスリム」としての意識が明確化し、イスラム圏に導入された近代西欧の金融技術を応用して無利子銀行が作られ、信仰やオイルマネーに支えられて拡大してきた……というように、複合的要因として考えるのが適切であろう。

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